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V. 消えた人々と、残ったもの

改稿前の四本に現れた固有名を仮集計すると、北米・欧州の男性へ大きく偏っていた。誰を数えたかより、どの仕事を記録対象にしたかを問い直す。

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数えた

このシリーズの改稿前の四本に登場した人物を、実際に数えてみた。

本文で固有名を挙げた個人は三十余名だった。女性として記述された人物は三人、非西洋圏の出身者も三人で、後者はすべて第4回の台湾と日本に集中していた。出典欄の著者名を含めるか、集団名をどう扱うかで数は動くため、これは精密な人口統計ではない。偏りの位置を探すための仮集計である。

三人の女性のうち二人は、理論の供給元として現れる。ケアの倫理を定式化した政治学者と、台湾の事例を擁護した研究者だ。どちらも、出来事の当事者ではなく、出来事を説明する枠組みとして登場している。

そして残る一人には、名前がほとんどない。

第一回に、こういう一節がある。1968年のメンロパーク、ブロックマンとブランドが二人でウィーナーの『サイバネティックス』を読み、線を引いている——その傍らで、ブランドの当時の妻ロイスが、レイアウト担当者とカタログの作業を続けていた、と。

理論を読んでいた男二人には姓名がある。誌面制作をしていた女性は、「ブランドの当時の妻」として記録されていた。

この一文は、私が引用した回想の記述をそのまま日本語にしたものだ。書いたときには、そう変だとは思わなかった。数えてみて、初めて見えた。


何を数えると、誰が消えるのか

この偏りには、参照した史料の偏りと、本シリーズが「誰が何を作ったか」を追ったことの両方が作用している。

私は各回で、「誰が何を作ったか」を追ってきた。カタログを編集したのは誰か。デザインパターンを発表したのは誰か。化合物を設計したのは誰か。制度を作ったのは誰か。作った人を探せば、作った人が出てくる。

だが、作ることと、続けることは違う。

インターネットの歴史を学ぶとき、私たちは工学と軍産複合体と、アーキテクチャやプロトコルを作った「祖父たち」に注目するよう教えられる——という指摘がある。だがネットワークはケーブルとサーバとコンピュータだけでできているのではない。そこに住む人々と、その使い方によって形づくられる環境でもある。

この指摘は、Mindy Seu が編んだ『Cyberfeminism Index』の趣旨説明にある。

作る側を中心に数えると、使う側、回す側、世話をする側の仕事は見えにくくなる。その人々が史料から完全に消えたとまでは言えない。本稿の検索語と記述単位が、彼らを拾いにくかったことは確認できる。


反カノンという方法

Seu の索引は、この問題への一つの対処である。

ハーバード・ロースクールのバークマン・クライン・センターでのフェローシップ中に始まり、ニュー・ミュージアムで発表され、2023年に書籍として刊行された。収録されているのは、学術論文からの抜粋、ハッカースペースの記述、デジタル権利活動、バイオ・ハクティビズム、フェミニスト・ネットアートまで——短い項目が七百から千余り。(数え方によって刊行資料の記述に幅がある。)

Seu 自身はこれを anti-canon(反カノン) と呼ぶ。内容は可変で、透過的で、外部と接続していて、オープンソースかつクラウドソースかつオープンアクセスである。完成した正史ではなく、投稿を受け付け続ける索引として設計されている。

「サイバーフェミニズム」という語自体は1991年、オーストラリアのアート集団 VNS Matrix と、イギリスの文化理論家 Sadie Plant によって、ほぼ同時に別々に作られた。その前史として、Donna Haraway が1985年に書いた「サイボーグ宣言」がある。

このあたりの人名は、本シリーズの前四回には一人も出てこない。だが接続点は明確にある。VNS Matrix は第三回で扱ったハッカースペースの文化と同時代であり、Old Boys Network——1997年に第一回サイバーフェミニスト・インターナショナルを組織した集団——にいたっては、その名前自体が、私が四回にわたって書いてきた構造への批判になっている。


反カノンにも、同じ問題がある

ここで自己満足に着地しないために、Seu 自身の証言を引いておきたい。

彼女は、索引から白人中心性を脱中心化するのは難しいと率直に述べている。そしてその理由を、引用の構造に求める。サイバーフェミニズムというすでにニッチな領域の内部ですら、同じ人物が何度も何度も現れてしまう、と。

実際、書評はこう記述している。書き手たちは互いの寄稿を長く引用し合い、噂話のように、特定の思想家と集団——Haraway、Plant、VNS Matrix、Old Boys Network——が繰り返し登場する、と。

反カノンとして作られた索引にも、反復して現れる名前が生まれる。

これは方法だけで解消できる問題ではない。誰かへの言及は、その人物を次の書き手へ渡す。繰り返し引用された人物は検索しやすくなり、引用されなかった人物は後から見つけにくくなる。

だから、「もっと多くの名前を追加すればよい」という解決策は、部分的にしか効かない。名前を追加しても、名前を数えるという枠組み自体は変わらないからである。

名前の追加と並行して、何を記録に値するとみなしたかを点検する必要がある。


何が生き延びたのかを、並べてみる

ここで、シリーズの前四回を別の角度から並べ直す。それぞれで、後の媒体や制度に反復されたものを確認する。

第1回・ホールアース・カタログ。 入口を選び、評価し、入手先とともに並べる編集様式が、後継誌やWELLへ移った。リンク集や推薦サービスとの類似もあるが、直接の影響関係は確認していない。

第2回・リアリーとAI設計薬。 リアリーの「意識を設計する」という比喩と、現在の創薬企業の仕様には語彙上の対応がある。彼の側から現在の企業へ技術や手順が継承されたわけではない。確実に残ったのは、公共図書館で読める文書と電子記録である。

第3回・ハッカースペース。 五つのデザインパターンは、共同空間を運営する際の問題と対応を文書化した。米国の複数の空間が、その発表から影響を受けたと説明されている。DIY空間の商業化との関係は、別途検証が必要である。

第4回・台湾。 vTaiwanの政策上の位置が縮小した後も、オンライン参加、小集団での審議、意見の統合は、Joinや別の市民熟議に現れる。制度間の直接の継承を示す文書は不足しており、「国家が吸収した」という説明は仮説にとどまる。

四事例で反復して現れるのは、編集の様式、記録の可用性、運営知の共有、熟議の工程である。いずれも新しいものを作る行為だけで完結せず、選定、記録、調整、更新を必要とする。


接合 — ただし、これは仮説である

ここで前半とつながる。

発明や創設は、創設者名と日付を伴って記録されやすい。更新、調整、世話、退出の仕事は、日常業務としてまとめられやすい。前四回で確認した手続きが反復されるには、後者の仕事が必要だったと推測できる。

ただし、誰がその仕事を担ったかを本シリーズは追えていない。その空白によって、文書化された手順だけが自動的に生き延びたように見えている可能性がある。

ただし、ここは慎重に書かねばならない。この接合は、まだ実証されていない。

前半で名前を挙げた人々——VNS Matrix、Old Boys Network、そして「ブランドの当時の妻」——が、実際に後半で言う「維持する仕事」を担っていたかどうかは、別の問題である。私はそれを確かめていない。構造として整合的だという以上のことは、現時点では言えない。

図式が整って見えるほど、個別事例による検証が必要になる。この接合は、第5回の結論よりも次の調査課題に近い。


二つの説明が争っている

残ったものと取り込まれたものの関係については、対立する説明がある。

一方は、フレッド・ターナーの見方だ。対抗文化とテクノロジー産業は、後年の一方的な吸収に先立って人的・思想的な接点を持っていた。ネットワーク・フォーラムと呼ばれる場が両者を橋渡しし、1968年のカタログ編集室にはすでにウィーナーがあった。

他方の見方では、バークレーの言論の自由運動に参加した学生たちは、サイバネティクスを軍事化された脅威として見ていた。両者の接続は、特定の人々が特定の時期に行った営みの結果だと説明される。

本シリーズの資料だけでは、どちらかを選べない。二つ目の見方を採るなら、対抗文化と産業の接続は特定の人物、媒体、資金、場所によって成立したことになる。別の接続が排除された経緯も、調査対象に入る。

これは、前半の話に戻る。誰がつないだかを記録するとき、私たちは誰を記録してきたのか。


比較のための四つの観点

前四回を比較するため、四つの観点を置く。これらは全事例に共通する必要条件ではない。前二つは複数の事例から得られ、後二つは主に第4回のCivic AIから持ち込んだ観点である。

第一に、文書化。 デザインパターンは五つの見出しと具体例に落とされ、別の都市で参照できた。文書だけで共同体を再現できるわけではないが、経験を移す経路にはなる。

第二に、移植可能性。 熟議の一部の工程は、vTaiwanという看板の外でも使われている。移植時には運営主体、参加条件、拘束力が変わるため、同じ手続きとみなせる範囲を確認する必要がある。

第三に、期限と退出可能性。 第4回の「共生力」は、引き継ぎと終了条件を評価する。この観点はホールアース・カタログやリアリーのアーカイブから帰納したものではなく、比較のために後から加えた。

第四に、維持主体。 c-baseは三十年続き、CCCは大会と記録公開を継続している。文書が保存されることと、手続きが実際に使われることの間には、運営する人と資源がある。

第2回のMindstateは営利企業であり、化合物、モデル、試験結果の所有・参加・意思決定権は共同体型の事例と異なる。その違いを「回収」と呼ぶには、知的財産、データ提供者の権利、患者参加、ガバナンスを具体的に調べる必要がある。企業であることだけを根拠に判定することはできない。

第四の観点は、前半の記録の偏りに接続する。維持主体を調べるには、創設者名だけでなく、運営、記録、調整を担った人々と、その労働条件を記述する必要がある。


AI時代の反復、そして自分たちの位置

同じ構図は、いま繰り返されている。

民主化、アクセス、オープン——解放の語彙で提示され、市場に取り込まれていく。第二回で見た通り、変性意識という最も制度化しにくかったものまでが、いまや製品ラインナップになっている。

ただし、今回には差異がある。回収の速度が上がり、批判する側も同じインフラの上に乗っている。

この記事がそうだ。本シリーズは、大規模言語モデルとの対話によって調査され、構成されている。第2回で、AIが扱ったデータは変性意識そのものではなく、体験を言語化した記録だと書いた。本シリーズも、出来事について書かれた文章を通して対象へ近づいている。

そして数えて分かった通り、書かれた文章は偏っていた。

この四つの観点をLLM書庫に向けると、現状が見える。

各回には出典と不確かさが記され、文書化は進んでいる。調査と判断は一人の書き手に依存し、期限と終了条件は定められていない。継続的に点検する共同体も、現在のところ設定されていない。

これは採点というより、運営条件の記録である。第4回の「十分に良い祖先」という語を使うなら、欠けている条件を公開し、後から更新できる状態にしておくことが最初の実践になる。


結論 — 意識を変える技術から、判断を見えるようにする技術へ

本シリーズは、個人、道具、場所、制度という四つの対象を比較してきた。

薬物で一人の脳を書き換えようとした人がいた。カタログで生活の条件を変えようとした人々がいた。空間の運営手順を書き残した人々がいた。集合的な判断の作り方を設計した人がいた。そしていま、意識状態そのものが製品として設計されている。

四事例では、意識や社会を変える構想と並んで、判断過程を記録する実践が繰り返し現れた。

何を入口として並べたか。どうやって続けるか。誰がどう決めたか。いつ終わるか。これらを外から検討できる形にしておく技術である。四事例すべてで同じ形が生き延びたとは言えないが、個別の道具や人物を越えて反復された比較軸にはなる。

最後に、一つの符合を書いておく。

『Cyberfeminism Index』の推薦文を書いた一人に、ケヴィン・ケリーがいる。第一回で触れた、『ホールアース・レビュー』の編集を経て『Wired』の創刊編集長になった人物である。

ホールアースからWiredへつながる人物が、反カノンを掲げる索引を推薦している。

推薦文だけでは、異なる系譜の接続、和解、商業的な取り込みのどれに当たるかを判定できない。後から確認できるのは、誰が編集権を持ち、誰が参加でき、何が更新され、どの記録が残ったかである。


不確かさ・限界

  • 冒頭の集計は、私自身が本文中の固有名を機械的に抽出して数えたものである。 数え方(出典欄の著者名を含めるか、集団名を一人と数えるかなど)によって数字は動く。「三十余名のうち女性三人」という比率の大きさは動かないが、正確な数として扱わないでほしい。
  • 「消えた側が、維持する仕事を担っていた」という接合は仮説である。 本文中でも述べた通り、実証していない。前半で名を挙げた人々が実際に維持の仕事をしていたかは、確かめていない。本稿最大の弱点である。
  • 『Cyberfeminism Index』の収録項目数は、資料によって七百余りとも千余りとも記述されている。 版や数え方の違いと思われるが、確定できなかった。
  • 四つの観点は必要条件ではない。 文書化と移植可能性は複数事例から得たが、期限・退出可能性と維持主体は主に第4回から導入した。回収もされずに消えたもの、手続きが残って有害に働いたものを比較しておらず、図式を強く見せる偏りが残る。
  • フレッド・ターナーの著書の原文には、本シリーズを通じて当たれなかった。 記述はインタビューと二次的な要約に依拠している。シリーズを通しての未達である。
  • 本シリーズは英語資料にほぼ全面的に依拠している。 日本語圏における同種の系譜——1970〜90年代の日本の技術文化・対抗文化の出版物とその受容——は扱えていない。前半で批判した「記録の偏り」を、本シリーズ自身が言語の面で反復している。
  • サイバーフェミニズムの記述は、書評とインタビューによる。索引そのものには当たっていない。

次に残る問い

  • 「消えた側が維持を担っていた」という接合を支持する、あるいは否定する具体的な事例は見つかるか。
  • 四つの観点は、本シリーズ外の事例——オープンソースのライセンス、Wikipedia、標準化団体——にも使えるか。使えない事例はどれか。
  • 日本語圏に、反カノン的な技術文化のアーカイブは存在するか。存在しないなら、なぜか。
  • この書庫は、単独執筆、終了条件、維持主体という現在の条件をどう記録するか。

出典

サイバーフェミニズムと反カノン

  • Mindy Seu 編『Cyberfeminism Index』(Inventory Press, 2023。序文 Julianne Pierce〔VNS Matrix〕、後書き Legacy Russell)
  • ARTBOOK|D.A.P. および Princeton Arts の書籍紹介(成立の経緯、収録内容、インターネット史の記述の偏りについての趣旨説明、ケヴィン・ケリーの推薦文)
  • Walker Art Center, “Sharing as Survival: Mindy Seu on the Cyberfeminism Index”(「反カノン」という自己規定、白人中心性の脱中心化の困難、引用の構造についての証言)
  • The Brooklyn Rail, “Mindy Seu’s Cyberfeminism Index”(反復して現れる人名、書物としての構造)
  • Dazed, “Mindy Seu: cyberfeminism ‘has shifted from utopia to dystopia’“(1991年の同時発生、Haraway の前史)
  • Perimeter Books 書籍紹介(収録項目数、寄稿者)

回収と残余に関する議論

  • Fred Turner, From Counterculture to Cyberculture(University of Chicago Press, 2006)※本シリーズを通じて原著未参照
  • Edge.org 収録インタビュー(バークレーの学生にとってのサイバネティクスの位置づけ)

本シリーズ前四回

  • 記事Ⅰ「Access to Tools」、記事Ⅱ「designer dying」、記事Ⅲ「墜落した宇宙ステーションのその後」、記事Ⅳ「夠好的祖先」およびそれぞれの出典

本記事はLLM(Claude)との対話により調査・構成し、事実確認と最終的な判断は筆者が行った。冒頭の集計は本シリーズ本文を対象に実施したものである。実証されていない推論はその旨を明記している。