I. 「Access to Tools」——ホールアース・カタログは何を配ったのか
1968年秋、約1000部から始まった一冊は、商品への連絡先と選定基準を同じ頁に並べた。その編集様式には、創刊時からサイバネティックスが組み込まれていた。
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1000部から始まった
1968年秋、カリフォルニアで一冊の大判の冊子が刷られた。初版の印刷部数は約1000部だったと伝えられる。61ページに130点あまりの品物が並び、7つの章に分かれていた——「全体系の理解」「住まいと土地利用」「産業と工芸」「コミュニケーション」「共同体」「移動生活」「学習」。
発行元はポートラ・インスティテュート。編集したのは当時29歳のスチュアート・ブランドである。
この『ホールアース・カタログ』は、しばしば「ヒッピーの通販カタログ」と説明される。実際の誌面では、編集部が商品を直接販売するのではなく、品名、短評、価格、入手先を掲載した。手斧やテントに加えて、理論書や専門誌も同じ形式で紹介されている。
創刊号の「全体系の理解」の章には、ノーバート・ウィーナーとW・ロス・アシュビーが載っている。サイバネティクスの創始者と、その理論的支柱の一人である。
つまりこの冊子は、モカシンとサイバネティクスを同じ基準で並べていた。本稿はこの並置を出発点にして、ホールアース・カタログが実際には何を配っていたのかを考える。
用語メモ
- サイバネティクス: 生物、機械、社会を、通信、制御、フィードバックの仕組みとして見る学際的な考え方。ノーバート・ウィーナーが1948年の著書で、動物と機械に共通する「制御と通信」の研究として定式化した。以後、制御工学、情報理論、コンピュータ科学、認知科学、システム論などへ分岐・吸収され、1970年代以降は観察者自身もシステムの一部として扱う第二次サイバネティクスの議論も広がった。
- スチュアート・ブランド: 編集者、著述家、イベント設計者、組織の創設者。1960年代にはマルチメディア・イベントやWhole Earth写真を求めるキャンペーンを行い、1968年から『ホールアース・カタログ』を編集・発行した。その後、The WELL、Hackers Conference、Global Business Network、Long Now Foundation、Revive & Restore などの立ち上げに関わった。2026年時点で、Long Now Foundation の公開プロフィールでは共同創設者・理事として記載されている。
目的の頁に書いてあること
創刊号には「PURPOSE(目的)」と「FUNCTION(機能)」という短い頁がある。ここが一次資料としての核心にあたる。
目的の頁は、政府・大企業・制度化された教育・教会といった「遠くで行使される力」が、その欠陥によって実際の成果を覆い隠すところまで来てしまった、という現状認識から始まる。そしてその反動として、親密で個人的な力の領域が育ちつつあるという。個人が自分自身の教育を行い、自分の霊感を見つけ、自分の環境を形づくり、その冒険を関心のある者と分かち合う力のことだ。カタログはその過程を助ける道具を探し、広める、と宣言している。
続く機能の頁は、もっと乾いている。ここでブランドは自分たちの冊子を「評価とアクセスの装置」だと定義した。読者が、何が手に入れるに値するか、そしてどこでどうやって手に入れるかを、以前よりよく分かるようになること。それが機能だと。
そして掲載の基準が5つ、番号を振って並べられている。
- 道具として有用であること
- 自立した教育に関連していること
- 質が高いか、価格が安いこと
- すでに常識になっていないこと
- 郵便で容易に入手できること
この5項目は、特定の政治思想や宗教への賛同を掲載条件にしていない。一方で、「自立した教育」を選び、目的頁で制度から離れた個人的な力を評価している。役に立つこと、まだ広く知られていないこと、手が届くことを優先する選定基準そのものに、編集部の価値判断が入っていた。
この頁は、信条を長く論じる代わりに、価値判断を編集手順へ落とした仕様書として読める。
「道具」の定義が異様に広い
5つの基準は、「道具」の定義を広く取っている。
カタログにおける道具には、本、地図、専門誌、講座が含まれる。情報を与えるものはすべて道具だと見なされた。だから機織りキットと農業機械の隣に、ウィーナーの『サイバネティックス』が並び、後年の版ではヒューレット・パッカードのプログラム可能な電卓が並ぶことになる。
1960年代の対抗文化を一括して反科学・反技術とみなす説明では、この誌面を捉えにくい。カタログの編集現場では、生活技術と情報理論が同じ掲載基準で扱われていた。
作家でエージェントのジョン・ブロックマンは、1968年にメンロパークでブランドを訪ねたときのことを回想している。ブランドの当時の妻ロイスがレイアウト担当者とカタログの作業を続けている傍らで、ブロックマンとブランドは二人でウィーナーの『サイバネティックス』を読み、線を引いていた。その本は、ニューヨークの夕食の席でジョン・ケージがブロックマンに手渡したものだったという。
この証言をどう扱うかには注意がいる。数十年後の回想であり、細部の正確さは検証できない。だが、証言の当否とは独立に、創刊号の誌面にウィーナーとアシュビーが実際に載っているという事実が残る。証言はその傍証として機能する。
対抗文化と、軍事研究に由来するサイバネティクスは、後から接合されたのではない。少なくともこの冊子においては、起点から同居していた。
有名な一文に残る異同
カタログの冒頭には、いまや常套句になった一文が置かれている。「我々は神のようなものであり、それに——」。
問題はこの先である。
本稿で参照した1968年秋号のスキャンでは、そこは get used to it(慣れておいたほうがいい)と読める。今日広く引用される形は、get good at it(うまくやれるようになったほうがいい)である。後年の版で文言が変わったことは確認できるが、創刊号の刷りごとの異同までは照合できていない。
意味の差は小さくない。
「慣れておいたほうがいい」は、諦めに近い受諾である。人間はすでに惑星規模の力を持ってしまった、その事実からはもう降りられない、という認識の表明だ。一方「うまくやれるようになったほうがいい」は、能力の開発を促す号令になっている。前者には後戻りできなさへの居直りがあり、後者には上達への意志がある。
ここで確認できるのは、同じ標語が「力を持ってしまった事実への適応」から「その力を上手に使う訓練」へ移ったことである。この変化を対抗文化の企業化と直結させる資料はない。それでも、後年に広く残った言い回しの方が、能力開発を促す調子を持つという差は記録できる。
形式が別の媒体へ移る
1971年6月、『ラスト・ホールアース・カタログ』が出る。これは全米図書賞(現代問題部門)を受賞した。カタログという形式の出版物が同賞を受けたのは、これが初めてだった。ベストセラーになり、累計の発行部数は最終的に数百万部に達したとされる。
1000部から始まった冊子は、全国的な商業的成功に達した。
そしてカタログは、そこで終わらなかった。1974年から『コエヴォリューション・クォータリー』が刊行され、1984年には『ホールアース・ソフトウェア・カタログ』が出る。1985年には、初期の電子会議システムのひとつであるWELLが始まる。1985年に雑誌側は『ホールアース・レビュー』へと統合され、その編集にはケヴィン・ケリーやハワード・ラインゴールドが関わった。ケリーはのちに『Wired』の創刊編集長になる。
歴史家のフレッド・ターナーは、この連鎖を「ネットワーク・フォーラム」の系列として説明している。異なる領域の人々が出会い、共通の語彙を作る場が、形を変えながら受け継がれたという見方だ。彼は、対抗文化とテクノロジー産業の接続が後年の一方的な吸収だけで生じたのではなく、カタログの時代から人的・思想的な接点を持っていたと論じる。
この見方には対立する解釈もある。純粋に反権威的だった運動の言葉と美学が、資本の側に吸収されて中身を抜かれた、とする読みだ。どちらを採るかは、本シリーズの最終回で改めて扱う。
ここでは、何が別の媒体へ移り、何がカタログとともに失われたのかを分けて考える。
配られたのは入口の並べ方だった
カタログの誌面には、少なくとも三つの働きがあった。商品や本の存在を知らせること、何を選ぶかの基準を示すこと、読者が自分で入手先へ進めるよう連絡先を置くことである。さらに読者からの報告を受けて内容を改訂した。
ブランド自身の言葉を使えば、それは「評価とアクセスの装置」だった。商品は版ごとに入れ替わったが、入口を選び、並べ、読者を外部へ送り出す編集様式は、後継誌やWELLにも形を変えて引き継がれた。
本稿では、この編集様式をアクセスの様式と呼ぶ。カタログが後のウェブを直接生んだと断定するための語ではない。冊子の内部で完結せず、別の場所へ読者を送る設計を指している。
リンク集、レビューサイト、推薦アルゴリズムにも、入口を選び、並べ、利用者の反応で更新する働きがある。ただし、推薦アルゴリズムは選定基準を読者から隠す場合が多く、編集者名と掲載基準を明記したカタログとは権限の所在が異なる。
※この系譜づけは本稿の解釈であり、直接の影響関係を主張するものではない。カタログを後のウェブの原型と見る読みは1990年代以降に繰り返し語られてきたが、それ自体が事後的に構成された物語である可能性が高い。
残るもの、という主題
本シリーズは、個人、道具、場所、制度という四つの対象を比較する。ホールアース・カタログは、道具へのアクセスを編集した事例にあたる。
だが今回見たことは、もう少し先を指している。
個々の道具とともに、それらを選び、読者へ渡すやり方も伝えられた。第3回のハッカースペース運営パターンと、第4回の熟議工程は、さらに明示的な手順として書かれている。三つを比較すると、文書化された「やり方」がどこまで別の場所へ移せるのかを検討できる。
そして、あの一文の書き換えは、伝達の過程で何が起きるかも示している。慣れておけ、という覚悟の言葉は、うまくなれ、という励ましの言葉に変わった。
不確かさ・限界
- 創刊号の一文の異同について。 1968年秋号の目的頁を撮影したPDF資料では “get used to it” と読める。一方、これを “get good at it” として1968年版に帰す二次資料もある。刷りによる差か、後年の文言を遡って適用した記述かは判断できない。原本の複数の刷りを直接照合する必要がある。
- 初版部数「約1000部」は二次資料による。 発行元の記録には当たっていない。
- ブロックマンの証言は数十年後の回想である。 細部の裏づけはない。誌面にウィーナーとアシュビーが掲載された事実とは、証拠の強さが異なる。
- フレッド・ターナーの著書『From Counterculture to Cyberculture』の原文には未着手。 本稿はインタビューと二次的な要約に依拠している。シリーズ最終回までに原著を参照する。
- 本稿は英語資料のみに基づく。日本語圏における同時代の受容(『全地球カタログ』としての紹介史)は扱っていない。
出典
- Whole Earth Catalog, Fall 1968(PURPOSE / FUNCTION 頁、掲載基準5項目、章構成) — East of Borneo 掲載のスキャン資料
- Whole Earth Index(wholeearth.info / Internet Archive、2023年公開。Gray Area・Long Now Foundation・Internet Archive の協働により1968〜2002年の刊行物を公開)
- Fred Turner and John Brockman, “Stewart Brand Meets the Cybernetic Counterculture”, Edge.org(メンロパークでの回想、全米図書賞)
- Long Now Foundation, “Stewart Brand”(2026年8月確認。現在の公開プロフィールでは共同創設者・理事)
- Stewart Brand, “Bio”(本人サイト、2013年更新。1960年代以降の活動履歴)
- American Society for Cybernetics, “Definitions of Cybernetics”(サイバネティクスの定義と第二次サイバネティクス)
- Francis Heylighen and Marta Lenartowicz, “Cybernetics”(Vrije Universiteit Brussel research portal。通信、制御、フィードバック、観察者の整理)
- Wikipedia “Whole Earth Catalog”(発行元、章構成、道具の定義、後継誌の系譜)
- Critical Sustainabilities, “Whole Earth Catalog”, UC Santa Cruz(受賞年、部数、フラー由来の設計思想)
- Open Culture, “A New Online Archive Lets You Read the Whole Earth Catalog…”(掲載品目の具体例)
- Grokipedia “Whole Earth Catalog”(初版部数、標語に関する異なる記述)※異同の所在を把握するために参照し、事実確定の根拠には用いていない
本記事はLLM(Claude)との対話により調査・構成し、事実確認と最終的な判断は筆者が行った。一次資料に未着手の箇所は本文中に明記している。